大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)102号 判決

原告 小林祐邦

被告 群馬県選挙管理委員会

〔抄 録〕

候補者下谷保夫は、呼称は本名と同一であるが平易な平仮名による「しもややすお」なる通称を用いて選挙運動を展開し、その効果は投票結果に顕著にあらわれたものと認めるべきであり、本件係争票もこれに照応する如くすべて平仮名を用いて記載されていること、またその氏名六字のうち上位五字までは右候補者の通称と合致していて、ただ第六字目の名の一字のみが「お」でなく「じ」と記載されているにすぎず、したがって字数、字形はもとよりこれを上から読み下した場合の音によって人に与える印象も通常の日本人男子の氏名として右候補者の通称である「しもややすお」と極めて類似性が強く、他方、原告が混記であると主張するところの角貝安次候補の氏とは字音、字形、字数において全く類似性がなく、更にその名においても同候補の固有の名であることを顕著に識別すべきところの「安次」もしくは「康次」という漢字の記載がなされているわけではないので、氏名全体としては「角貝安次」ないし「角貝康次」との間に類似性が極めて乏しいと認められ、以上認定の事実に徴すれば、本件係争票は、選挙人が「しもややすお」に投票する意思をもってその名の一字を誤記したものと解するのが相当であり、本件係争票をもって「しもややすお」と「角貝康次」の両候補の氏と名の混記があり候補者の何人を記載したか確認しがたいものとして、これを無効とするべき筋合いのものではない。

三 原告は、本件係争票を無効とすべきその根拠として、本件選挙の如く選挙人の数も比較的少なく立候補者数も僅か二三名という地方の町で行なわれた選挙においては、もともと町内では人々は姓よりも名を中心に呼びあっている実情にあるから、そのような実情のもとでは、投票の効力の判定に際し、氏と名では名の方が主要で氏の方が従ともみられ、少なくとも氏と名は同等のものとして解釈すべきであると主張するのであるが、当事者間に争いのない事実によれば、本件選挙においては、立候補者数二三人、最低得票でも一七九票あったのであるから、選挙当日実際に投票した選挙人の数は少なくとも四一一七人を上回り相当の人数を数えることができるのであって、それだけ多数の者が有権者として存在する地域社会において、一般的に平素から各有権者が公職に立候補しようとする者をその氏を冠せずに名だけで呼び慣わしているというが如きことは、経験則上容易に首肯できるものではないし、また現に前出乙第七号証によれば、本件選挙における現実の投票のあり方は、これを原告及び右下谷保夫の関係においてみれば両者とも候補者の氏名を記載してなされたものが圧倒的に多数であり、これに次いで氏のみもしくは屋号を記載したものが少数存在するが、これに対して名のみを記載してなされた投票は一票もなかったのであるから、このことから推しはかれば、原告が主張する如き実情の存否にかかわらず、本件選挙における選挙人一般は、その日常生活における他人の呼び方などにかかわりなく、氏名をもって候補者を特定して投票をしたものであることが認められる。そして、本件係争票もまさしく氏名が記載された投票であるから、その記載から選挙人の意思を判断するにあたっては、そのような投票として、つまり氏名一体のものとして解釈をなすべきであり、かかる見地にたった当裁判所の判断は前述のとおりである。

したがって、本件選挙が実施された草津町が地方の町であって大都会ではないということを考慮しても、本件係争票の解釈判定にあたっては、原告主張の「実情」というような特殊な事実ないしそれに基づく考方を前提とすることはできず、前示のとおり公職選挙法六七条後段の趣旨にのっとって、客観的な投票の記載に基づき、それから合理的に推認される選挙人の意思を基準にして解釈すべきであり、それがまた選挙の公正にも合致するものであるといわなければならない。

(菅野 舘 安井)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!